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2011年10月20日 (木)

「教育方針」について思うこと。

今日は、ちょっと「教育方針」ってものに関して思うことを。
 


私が考える教育の目的、目標は、

「子供が自分一人で、できるだけ楽しく生きていける能力を身につけること」

です。

作家の村上龍さんが主催しているJMMというメディアに書かれた文章にも、同じようなことが書いてありました。

村上さん曰く、教育の目的は何かという問いに対する、今、とりあえず出している結論は、

「子どもが大人になって一人で生きていけるようにすること」

だそうです。

こんな人間になって欲しい。

あんな人間になって欲しい。

そんな人間になって欲しい。


思いは、色々あります。

思いは色々ありますが、一般論として、教育することの前提には、

その子が年老いて、死を迎えるまで、親、保護者は、子供を保護し続けることが出来ない、っていうものがあると考えています。

自然の摂理として、大抵の場合、親のが先に死を迎える。

子供に最期を看取って欲しいと願う親はいても、子供の葬式を出したい、と願う親なんて、まあ、いないでしょう。


その子にとって、遅かれ早かれ、保護する人間はいなくなる。

保護できる人間がいなくなった時に、その子が自分自身を保護できる人間になっているのか。

教育って、そこに向けてすべきものなんじゃないか、と考えます。

その目的に向けて、どうするか、こうするか、っていう方法論は、親の価値観、楽しいこと、嬉しいこと、幸福をどう捉えるかによって、やり方は千差万別でしょう。

サッカーをやらせる。

野球をやらせる。

英語をやらせる。

自然に触れさせる。

将棋をやらせる。

勉強させる。

空手をやらせる。

友達を大事にさせる。

水泳をやらせる。

やりたいことをやらせる。

などなど。

でも、人によって、親によって方法は変わっても、ほとんどの人の教育の前提は変わらないのではないでしょうか。

国の発展の為に教育する、とか、

親のエゴを満たすために教育する、とかではなければ。


リミットがあるわけです。

守ってあげられる時間のリミット。

その子に何かを教えてあげられるリミット。

限界。

限度が。

それがいつかはわかりません。

わからないですが、絶対にそれはある。

それは必ずやってくる。


そのリミットを想像した時。

自分がいなくなった時を想像した時。


子供は一人で生きていけるようになっているのか。

一人でも幸せに過ごせる能力を身につけているのか。


そのリミットから逆算して考えれば、生まれたばかりの赤ちゃんにも、伝えるべきこと、やるべきことは、山程出てくる。

で、多分、それが子供に伝えるべき教育方針になるのではないでしょうか。

 
 
 
 


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